2024年8月16日
「オールワンビジョン」を掲げるドクターブロナーには、その企業理念のひとつに「Treat The Earth Like Home」、すなわち「地球を自分の家のように大切にしよう」という考え方がある。
これを実践するためのキーワードのひとつとして注目を集めているのが「リジェネラティブ・オーガニック(以下、RO)」。あらゆる生命の基盤となる土壌やその生態系を、文字どおり、農業によって再生させようというアプローチだ。
神奈川県茅ヶ崎市を拠点とするNPO法人「ふるさとファーマーズ」の代表を務める石井雅俊さんは、ROの有効性を次世代へと継承すべく、さまざまな活動を行なっている一人。今回は、そんな彼の“ビジョン”にフォーカスしたい。
CONTENTS
1 ―食べるものが一気になくなる可能性もゼロではない
2 ―大地が整っていないと作物はできない
3 ―次の世代に不耕起栽培という可能性を残していく
石井さんが農業に関わりを持つようになったのは、およそ4年前。多くの人にマインドセットの変革が訪れた、コロナ禍がきっかけだ。
「当時は不動産関係の企業で営業マンとして働いていました。収入もそれなりにあって、生活も安定していたし、このまま頑張れば、もっと年収が高くなるだろうなと。要するに、お金を稼ぐことが自分にとって最も大事なことだと思っていたわけです。もちろん、環境問題のことなんて二の次でしたし、日本の食料自給率が低いことなんかも、知識として頭の片隅にあっただけでした」。
ところが、それまではさして気にも留めていなかった“知識”が、コロナ禍によって現実と結びつく瞬間が訪れる。
「ふらっとスーパーに立ち寄ったら商品棚に小麦関連の食品が何も残っていないとき、ありましたよね? あのときに初めて、自分の中に危機感が芽生えました。コロナがいつまで続くかも不透明でしたし、仮に今、世界のどこかで戦争が起こったとしたら、その影響で僕らの食べるものが一気になくなる可能性もゼロではない。この先も人生盤石だと思っていたけれど、実はそうではないんだなと」。
社会情勢や政治、環境問題に対して他人ごとのまま過ごしてしまうのは、何も石井さんに限ったことではないだろう。多くの人が目の前の日常に精一杯というのもまた、現実だからだ。
「このまま会社勤めを続けて、いい車に乗って、いい家に住んで……、というのも一つの選択肢だったと思います。けれど、それまでの自分を振り返ったときに、すごく独りよがりで、気づけば何かに対して文句を言うだけで、自分では何も行動を起こしてこなかったなと。この先の人生を考えたときに、今の自分が本当にすべきことは何か、何に時間を使うべきなのか、と考えた末に、まずは援農という立場で、生産者と消費者をつなぐような活動ができるのでは、と思ったんです」。
とにかく動いてみようということで、知り合いの農家を手伝うことからスタートした、という石井さん。とはいえ、その活動はあくまでサポートの域を出ないもの。農業の本質は、年間を通して自分たちで作物を育ててこそ、見えてくるものではないか。そうなって初めて、農業の本当の大変さや課題を、社会に対して伝えられるのではないか、と考えた。
目をつけたのは、不耕起栽培。農地を耕さずに作物を栽培することで、土中に炭素や微生物を貯留させ、土壌を生きたまま循環させていく、ROの代表的な手法の一つだ。
「最初は『オーガニックで野菜をつくるのって、なんか格好いいじゃん』みたいなノリで、茅ヶ崎に1500平米(テニスコート約6面分)くらいの畑を借りてスタートしました。メンバーは10人くらい。といってもみんな素人なので、畑の管理もろくにできないし『今日は雨だから、休んでもいいか』みたいな調子で、かなり甘く考えていたわけです」。
主流の慣行栽培よりも、さらに維持管理が難しいとされる不耕起栽培。中途半端な覚悟ではうまくいくはずもなく、半年もたたないうちにメンバーはたった2人に減ってしまったという。
「『本気でやっていなかったな』と改めて自分を見つめ直すきっかけになりましたね。と同時に、やはり大地が整っていないと作物はできないし、その先の豊かな食生活や経済的な成長もないんだなと再認識しました。まず、雑草すら生えなくなった畑を何とかしようと、近所で不耕起栽培をされていた『はちいち農園』さんにアドバイスをいただきました。そして本当に少しずつ、作物が育つ“地力”が甦ってきたんです」。 実は、こうした地力のある土壌を循環させていくことを突き詰めると、気候変動をはじめとする環境問題の解決にも関わってくる。
「簡潔にいうと、頻繁に大地を耕すことで、土壌の中に滞留している炭素が空気中にどんどん放出されてしまうんです。これが気候変動に大きな影響を及ぼしていると言われています。産業革命以降、爆発的に農業従事者が増えたことで、農地や穀物畑が広がっていったというような歴史的背景があるのですが、炭素の放出を抑える手段として、古くからある不耕起栽培のようなアプローチが再び注目されているんです」。
このように、不耕起栽培をはじめとするROを見直す動きは世界中に広がっている。ドクターブロナーも現在、世界7カ国の原材料生産地でROを推進しており、製品の主要原材料は全てRO認証を取得。食用ココナッツオイルとして展開している「RO バージンココナッツオイル」においては、製品自体がRO認証を取得している。
「ROによってつくられたものがカタチになって人々に浸透していくことは、非常に歓迎すべきことです。農業から社会や環境を良くしていきたい、という僕らのビジョンと共鳴する部分は多いと思います」。
さて、こういった話を聞くと、あたかも慣行栽培悪者のように思えてくる。だが、それは少々短絡的。あらゆる産業は、時代ごとの社会的背景と不可分だからだ。
「何が良くて何が悪い、という話ではないと思うんです。慣行栽培のおかげで、食物をたくさんつくれるようになり、それがたくさんの人のお腹を満たしてきた。その事実を考えもなく否定することはできません。仮に今、全てが不耕起栽培に置き換わったとしても、十分な食物を供給できるかは、正直疑問に思います。
時代というのは、グラデーションのように少しずつ変化していくものだと思うんですよね。次の世代を担う人たちに、『こういうやり方もあるよ』と、可能性を残してあげることが大切なのではないかと。そう考えると、僕らが今、不耕起栽培を伝えていくことには意味があるんじゃないかと思っています」。
実際に地域の小学校を訪れて、農業やそれに付随する環境問題について、課外授業を行なっているという石井さん。いつも目に触れている野菜について、まだまだ知らないことがたくさんあるのだと子どもたちに知ってもらうことも、大切な一歩だという。
「理想と現実って相反する言葉だと捉えられがちだけど、僕は少し違うと思っています。確かに現状では、慣行栽培が99%で不耕起栽培なんてほんのわずかです。でも、まず理想を描かなければ、現実なんて起こりようがない。『僕たちはこういう考えを持って行動してきた』という背中を見せることで、後の世代をブーストしていくのが僕らの役目だと思っています。『さあ、君たちならどうする?』と、メッセージを送っているような感覚ですかね」。
まさに今、そのための“土壌”をつくっている最中だ。
■プロフィール
石井雅俊(イシイ マサトシ)
1987年生まれ。神奈川県川崎市出身。大手住宅メーカー勤務などを経て、2020年3月、「ふるさとファーマーズ」を発足。(2024年5月にNPO法人化)2020年4月からは県立茅ケ崎里山公園に隣接した約1500㎡の農地で不耕起栽培をスタート。生産者と消費者のかけ橋となるべく、さまざまな取り組みを行っている。
PHOTO:Akane Watanabe
EDIT&TEXT:Soichi Toyama